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1985年 『ぷよぷよ』はもともと、同社のRPG『魔導物語』の派生作品として製作された。操作ブロックとなるモンスター「ぷよぷよ(ぷよ)」を始め、主人公「アルル・ナジャ」や敵キャラクターも同作品の登場キャラクターの流用である。ストーリーモードのデモに「あんた、まだそんなことをやってるの」「やっぱり、あんたの仕業だったのね」という台詞があるのは『魔導物語』の世界観・ストーリーを受け継いでいるからである。『ぷよぷよ』の成功を受けてか、一時は『魔導物語』が各ゲーム機に移植されたりパソコン向けに続編が作られたものの、今では『ぷよぷよ』の方がはるかに知名度が勝り、本家である『魔導物語』は存在自体を知らないユーザーも多い。 『ぷよぷよ』は一大ヒットとなり、メガドライブの販売に貢献する一方で、あらゆるコンピュータに移植された。また、コンパイル主催の大会が「渋谷ジャック」(ゲームギアと対戦ケーブルを持って渋谷を歩き回り、参加者同士で対戦して予選を勝ち抜いた)をはじめ全国各地で開催され、参加者は「ぷよら〜」、その優勝者は「ぷよマスター」「ぷよキング」と呼ばれた。大会は好評で、拡大に従って全日本ぷよ協会が発足した。
初代『ぷよぷよ』の対戦は、最終的にはいかに早く“赤玉”こと岩ぷよ2個(おじゃまぷよ60個)を送り込むかという問題に収束したため、5連鎖や4 連鎖ダブル(4連鎖目に2色同時消し)、3連鎖トリプル(3連鎖目に3色同時消し)をすばやく作る技術が問われた。土壇場での「回し勝負」などによる逆転要素はあったものの、基本的には「先に必要な分を送り込んだ方が有利」で、試合展開はスピーディーだが、戦略的には単調になりがちだった。 2作目『ぷよぷよ通』では、前作の問題点を打開すべく乱入対戦および相殺システムが導入され、相手からのおじゃまぷよをこちらの連鎖で相殺できるようになった。よって前作と反対に「後から一段階上の連鎖を仕掛けた方が有利」となって、戦略に幅が生まれて好評となり『ぷよぷよ通』も前作と同様に様々な機種に移植された。その一方で上級者の間では、逆に相殺を回避するために「巨大連鎖」と呼ばれる10〜13連鎖以上の仕掛けを作る集中力が要求され、一層マニアックなものになっていった。 この問題は3作目『ぷよぷよSUN』に持ち越されたが、企画者が交代して開発された上、追加された「太陽ぷよ」システムは何の解決にもなっておらず、マニアからは『ぷよぷよ通』で完成されたゲームバランスを崩しただけという批判を浴びた。また公式大会では『ぷよぷよ通』が使用され続けるという事態となった。
この経緯と前後して、コンパイルは拡大経営が破綻し(報道では「ぷよぷよバブルはじけた」と揶揄(やゆ)された)、1998年3月、約75億円の負債を抱えて倒産、和議申請をし、セガ・エンタープライゼス(現在のセガ)に『ぷよぷよ』シリーズの知的財産権を売却した。ブームは次第に下火となったが、その後もセガからの許諾の元『ぷよぷよ〜ん』『ぷよぷよBOX』などが発売された。しかし結局、かつてのようなヒットには繋がらなかった。 また仁井谷社長は1997年ごろ、「これからはディスクの時代だ」と発言している。この影響からかは不明だが、任天堂系ゲーム機向けのぷよぷよシリーズを一部外注に委ねるなどしている。 なお、実質的にセガの子会社的な位置付けであることから、当初よりぷよぷよの新作はセガハード版から優先して開発されており、アーケード基板もセガ製のものだった。
「ぷよぷよ〜ん」の発売と前後して、セガなどの他メーカーが過去の『ぷよぷよ』シリーズの移植作を発表した。そして2001年にセガの開発分社であるソニックチーム(2004年7月1日にセガと統合)の開発で、『ぷよぷよ通』システムのリファインバージョン『みんなでぷよぷよ』が発売された。一方コンパイルは、ぷよぷよシリーズの知的財産権を使用できるという契約が2002年8月に期限を迎え、ぷよぷよシリーズからの撤退、そして新たなパズルゲーム『ポチッとにゃ〜』をNAOMI基板での稼動を発表した。 その後、セガは携帯電話用アプリなどへ旧作の移植を行っていたが、2003年秋にシステム・キャラクターデザイン共に大幅なリニューアルを行った新作『ぷよぷよフィーバー』を発表、同年冬にはアーケード版が稼動され、家庭用ゲーム機にはプレイステーション2、ドリームキャスト、ニンテンドーゲームキューブ、Xbox版が発売された。 なお『ポチッとにゃ〜』は延期につぐ延期、基板もNAOMIからMVS(ネオジオ)に変更された。2003年1月にコンパイルは『魔導物語』『ポチッとにゃ〜』など全てのコンパイルの権利と業務をアイキに譲渡したと発表。2003年11 月6日に約54億円の負債を残して自己破産した。結局『ポチッとにゃ〜』が稼動したのは2003年末。奇しくも『ぷよぷよフィーバー』と同時期となった。 『フィーバー』発売を機に毎月24日を「ぷよの日(2をぷ、4をよ)」と定め、CMキャラクターとして松浦亜弥を起用して積極的なプロモーションを展開した。結果、かつての『ぷよぷよ通』のような“大ブーム”にこそ至らなかったが、『ぷよぷよSUN』『ぷよぷよ〜ん』の2作品の売り上げを上回った。 なお、ゲームボーイアドバンス版のCMには松浦亜弥を再起用(前田健と初共演)したが、最後に発売されたニンテンドーDSとプレイステーション・ポータブル版のCMには起用されなかった。 2005年11月24日には続編となる『ぷよぷよフィーバー2【チュー!】』が発売、プロモーションは松浦の起用を見送るなど地味なものとなった。しかし売り上げは初週販売9000本、累計販売4.1万本(2006年7月2日現在のニンテンドーDS版のみの売上。ニンテンドードリーム調べ)と決して悪い数字ではなく、定番パズルゲームとしての地位と知名度は健在であることを表した[15]。また作品内では旧作品の世界との繋がりが見受けられ、使うとフィールドの両端にぷよが積まれるアイテム「ハーピー笛」など、明らかに旧作品を意識したものもある。 セガでは2006年が「ぷよぷよ発売15周年」として「“色々なこと”をやろうと思っています」とコメント。手始めとして2006年2月3日から2月26日まで、ウェブサイト上でアンケートを実施したが、こちらでも設問の中には旧作品に関するものが多く設けられた。 アンケートに次ぐ記念企画として2006年3月8日より12月まで、Windows PC を使用したオンラインイベント『ぷよぷよ15周年カーニバル』を開催、そして9月15日に『ぷよぷよ! Puyopuyo 15th anniversary』が発表された。CMキャラクターに蛯原友里とゲームキャラクター「すけとうだら」の着ぐるみキャラを起用、すけとうだらは各種プロモーションイベントにも登場した。全機種あわせて30万本以上を売り上げるなど、いまだ『ぷよぷよ』シリーズの根強い人気の高さがうかがえる。 2009年7月30日には、新作『ぷよぷよ7』が発売された。 『魔導物語』のキャラクターを使用した旧『ぷよぷよ』シリーズも、セガから『ぷよぷよ通』『ぷよぷよSUN』がプレイステーション2や携帯電話アプリに移植されている。中古市場でも旧シリーズが比較的高値で売買されており(特に各機種版『ぷよぷよ〜ん』は販売数が少ないこともあり高値の傾向がある)、さっぽろ雪まつりに毎年旧シリーズのキャラクター雪像を作り続けているグループもある。 なお、これらの作品はクレジットとして"SONIC TEAM"ロゴとソニック・ザ・ヘッジホッグが描かれている。